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平野顕子のエッセイ

バックナンバー 留学主婦のアメリカン・ケーキ

45歳でアメリカ留学した平野顕子のエッセイ集
(2000年創樹社・発売終了)
を加筆・転載いたします。

お楽しみいただければ幸いです。

留学主婦のアメリカン・ケーキ表紙
主婦の見た夢

アメリカ留学の夢

イリノイへの招待

幻の留学

私への投資は800万円

英語との格闘はじまる

多国籍クラスのなかで

地下のキッチンでの日本食

作文が教科書に掲載される

若いころもっと本を読んでいれば

中国人留学生の死

アメリカ式ストレス解消法

ようやく正規の大学生として

自立するアメリカの学生

ドライブ・デビュー

驚異のシルバーパワー

ニューヨークへひとっ飛び

大陸横断旅行

アメリカンケーキへの道

アメリカン・ケーキとの出会い

おしかけて、弟子入り

グレート・アメリカンケーキへの道

グレート・アメリカン・アップル・パイの

作り方のポイント

セカンド・イズ・ザ・ベスト

ベースボールとアメリカン・ケーキ

歴史で味わうケーキ作り

未知のケーキとの遭遇(1)

未知のケーキとの遭遇(2)

卒業

遅すぎることはない

あとがき

おしかけて、弟子入り

どこで、習ったらいいものか。いろいろ考えながらキャンパスを歩いていると、「犬も歩けば棒にあたる」ではないが、おいしいケーキに出合ったのである。

キャンパスの中では、毎月第二土曜日だったか、日本で言えば、野菜など食品を売るマーケットが開かれていた。大学生や大学の職員たちがこれをよく利用していた。そのなかの一つにリトルリバー・ベーカリーというお手製のケーキを売る小さな店があった。それをたまたま食べてみると、ものすごくおいしい。

「よし、この人に教えてもらえるかどうか聞いてみよう」思い立ったが吉日。さっそく電話番号を調べて連絡してみた。すると、アメリカ式のビジネスライクな返答が返ってきた。それは、アメリカのおいしいケーキを作って売っている女性の声だった。私と同じくらいの年齢だろうか。「あなたに捧げる時間は、私にはありませんわ。私はベーカリーを経営していてとてもそんな時間はないの」と、はっきり断られた。しかし、それであきらめはしなかった。

「これで引き下がったら、もう何もできやしない」単なる趣味じゃない、日本に帰ってからの自分の生活がかかっているんだ、という必死の思いがあったからかもしれない。もう一度挑戦してみた。「あなたが作ったケーキはほんとうにおいしかった。私はいま日本から大学に来て勉強しているが、年齢もいっているし、日本に帰ったら将来ベーキングの世界で食べていきたい」と、電話で話した。でも、断られた。それならと、今度は私は彼女の家を探し出して押しかけていった。今日女の意地である。

「どうしてもお願いします」と、必死にたのんだ。すると、彼女は、「私の空いている時間でいいのなら、1週間に一度、2時間だけ、あなたのために時間をあけましょう。ただし、それも大学のオープンマーケットをやらない秋から冬にかけての期間なら、という条件です」と、言ってくれた。冬は雪が深く、寒いので戸外でのマーケットはやらないから、その期間は彼女は比較的時間があるのだという。

彼女の名前は、ローリー・プライブルといって、私と同年齢くらいで、手づくりのパンやケーキをレストランに卸したり、同時に個人のお客さんの電話での注文に応じてパンやケーキを作っている。まさに地域に根差したベーカリーだった。住まいのすぐそばに工房をもって、彼女は毎日そこで黙々と働く“職人”だった。

やがて、冬が近づきキャンパス内のマーケットはなくなり、ELSに通っていた私は毎水曜日になると、ケーキを習いにプライブル先生の店に通っていった。 

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