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平野顕子のエッセイ

バックナンバー 留学主婦のアメリカン・ケーキ

45歳でアメリカ留学した平野顕子のエッセイ集
(2000年創樹社・発売終了)
を加筆・転載いたします。

お楽しみいただければ幸いです。

留学主婦のアメリカン・ケーキ表紙
主婦の見た夢

アメリカ留学の夢

イリノイへの招待

幻の留学

私への投資は800万円

英語との格闘はじまる

多国籍クラスのなかで

地下のキッチンでの日本食

作文が教科書に掲載される

若いころもっと本を読んでいれば

中国人留学生の死

アメリカ式ストレス解消法

ようやく正規の大学生として

自立するアメリカの学生

ドライブ・デビュー

驚異のシルバーパワー

ニューヨークへひとっ飛び

大陸横断旅行

アメリカンケーキへの道

アメリカン・ケーキとの出会い

おしかけて、弟子入り

グレート・アメリカンケーキへの道

グレート・アメリカン・アップル・パイの

作り方のポイント

セカンド・イズ・ザ・ベスト

ベースボールとアメリカン・ケーキ

歴史で味わうケーキ作り

未知のケーキとの遭遇(1)

未知のケーキとの遭遇(2)

卒業

遅すぎることはない

あとがき

遅すぎることはない

アメリカの大学を卒業できたこと、そして、自分の将来の足がかりが見つかったということ。この二重の喜びを得ることができた大事な二年間余りだった。行くべくして、アメリカに行ってきた。今ではそう思っている。天が与えてくれたチャンスに乗ることができた自分は、とてもラッキーだったともいえる。

子どもたちに胸を張ることもできたし、何より自信がついた。でも、何よりここまでやってこれたのは、母と亡くなった父のおかげだと思う。アナ先生の家に下宿していた時、隣の家ですら200メートルも離れていて、周囲に何もなく、まさに闇のなかだった。もし、ここで倒れでもしたらどうしようかと思ったことがある。思わず手を合わせて天国にいる父に「無事に帰してね」と祈ったほどだった。

本当の孤独とは、こういうものかというのが、身にしみて分かった。それを思うと、自分を健康に生んでくれた両親に、心底感謝したい気持ちでいっぱいになる。精神と肉体の両方が健康でないと、アメリカ留学はできない。

4,5年前の自分と今の自分は、まったく違う。アメリカに行って一番感じたことは、私みたいな普通の中年のおばさんに対しても、アメリカ人は拍手で迎えてくれるということである。何かをするのに、“TOO LATE”(遅すぎる)ということは一つもないと。実際、目的がしっかりしていれば、受け入れ態勢はしっかりしているので、私くらいの年齢でも、もう一度勉強しなおす人はかなりアメリカに行っている。

かなり費用もかかったけれど、自分に投資したというか、自分の幸せを買ったと思っている。正直言って今お金はほとんど残っていない。でも、お金がなくても、今は目に見えない力が自分自身についている。お金は有限だが、私の手と頭が培ってきた力は無限である。

アメリカで勉強することはもうないかも知れない、でも、もし、またチャンスがあるとしたら、もう一度大学に入って、4ヶ月だけでもいい、まだやりきれなかった語学だけでも勉強したいなあと、今でも思っている。

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