ケーキ歳時記
Cakediaries
ケーキ歳時記

1月
アップルパイの癒し
厳冬のニューイングランド

   
ニューイングランドの1月は寒い。私のいたコネチカット州北東部では、年によって違うが、朝方の気温がマイナス10度から20度。昼間、0度になると暖かく感じる。こんな時期は、屋内の暖かみがほんとうにありがたい。

どこの家もセントラルヒーテイングは完璧で、一歩室内に入ると、花でも咲き出しそうな暖かさだ。家全体を24時間暖めていないと、水道管が凍結して破裂し、大損害になるのだ。

緯度が高いので、午後4時になると日が沈む。凍りついた車のドアを引き剥がすようにして開けて乗り込み、雪の吹き溜まりに注意して真っ暗な道を走り、家に帰り着くと、もう二度と外には出たくない。

こんな夜のお楽しみには、あつあつのアップルパイを焼く。道具と材料さえそろっていれば、難しくも面倒でもない。こういうアメリカのお菓子は、女だからといって労働を容赦されなかった開拓者の妻が、限られた時間と材料で作ってきたものだ。

りんごは、ざくざくと大きめに切る。精白糖ではなくてブラウンシュガーの方が断然いい。シナモンなどのスパイスは、日本の感覚よりたっぷり入れる。オーブンに放り込んでしまえば、あとはソファーに陣取ってくつろいでいればいい。

そうしているうちに、私の小さめのアパートは、りんごとスパイスの溶け合う甘い香りとオーブンの熱でほかほかになる。オーブンを開けると、黄金色に焼けたパイが、凍えて帰ってきた子を迎える母のような暖かさで微笑んでいる。

もうセーターも脱いでしまった私は、そこで冷凍庫からバニラアイスクリームを取り出し、大きめに切ったあつあつのパイにのせる。

冷たいのと熱いのが混ざり合い、りんごの酸味とブラウンシュガーのこくと強めのスパイスが、クリームの優しい味わいに溶けてゆく。ひとさじ口に運んでいつも思う。凍えて疲れて帰ってきた人が皆、このアップルパイの癒しにあずかれるようにと。