ケーキ歳時記
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ケーキ歳時記

3月
メープルシロップ・チーズケーキ
マサチューセッツのメイプルシロップ工場

   
アメリカの北東にあるニューイングランドの春は遠い。日の光だけは春の輝きなのに風は冷たく、小川の流れもあちこち凍りついたままだ。それでも草木は春を知り、雲り空に向かってささやかな芽を吹き出す。木々はひそやかに活動を始め、枯れた樹皮の下で盛んに樹液を作り出す。ニューイングランド名産のメープルシロップが採れ出すのはこの頃だ。

メープルシロップはかえでの樹液。濃い褐色の甘い液体で、砂糖にもカラメルにもない滋味豊かで自然なこくがある。マサチューセッツの山奥のかえで林の中で、農家の人たちが共同で経営しているメープルシロップ項を見学したことがある。

かえでの幹に穴をうがってパイプを通し、その中をシロップが流れて工場に集められ精製される。素朴な小屋のようなダイニングエリアでは、農家の人の手作りのチーズケーキも食べられる。もちろんそれは、メープルシロップの香り豊かなメープルシロップ・チーズケーキだ。

アメリカのチーズケーキは、クリームチーズ、卵、砂糖などの材料を混ぜて焼くのだが、日本のベイクドチーズケーキのように軽くならず、生地は目がつまってしっとりと重い。味の方は、プレーンの場合は、たいていチェリーソースなどを供してニューヨーク・チーズケーキと呼ばれるが、他の材料と組み合わされていることも多い。

たとえばメープルシロップのほかには、チョコレート、モカ、ヘーゼル・ナッツなど。それぞれにいい風味だが、クリームチーズの風味を侵略しないメープルシロップは、いかにも春の味という感じでいい。

砂糖が貴重品だったその昔、メープルシロップは土に生きる人々にとって自然の恵みだった。人々は、春の訪れと樹液の甘さを同時に祝った。今でもメープルシロップは、何か郷愁をかたりたてるような甘味料として、お菓子や料理など、さまざまにつかわれている。