ケーキ歳時記
Cakediaries
ケーキ歳時記

9月
マフィン
大学生活の思い出

   
9月といえば、アメリカでは新学期。はじめてのアメリカの大学生活で右も左もわからぬまま、広いキャンパスで迷いそうになりながら、授業から授業へ、教室を探して歩いたのを思い出す。 そして、どこに行ってもあのお菓子があったことも。

寮のダイニングの朝食ビュフェにも、軽食をとるカフェテリアにも、コーヒー売りのカートにも、かごに盛られてそれはあった。マフィンと呼ばれる、一種のカップケーキみたいなものである。

日本で言う、あの可憐なお菓子ではない。掌を、ソフトボールを握るような形にして、それにこんもりと収まるくらいのボリュームだ。アメリカで、朝食におやつに、また、小腹が空いたときにはいつでも食べられる、日常的なお菓子の代表である。

普通は、バターやマーガリンではなく植物油を使う。それと卵と砂糖を混ぜてから粉。ここがマフィン作りの要だが、絶対に混ぜすぎてはいけない。マフィンをふわりとさせる生地内の気泡をつぶしてしまうからだ。名人は木べら10回で材料を完全に混ぜ合わせられるという。

マフィンは、日々をエネルギッシュに生きる人々の糧で、日常的だからこそ飽きないように種類も多い。とうもろこしの粉で作ればコーン・マフィン。黒く熟したバナナがあれば潰して生地に混ぜてバナナ・マフィン。冷蔵庫に転がっているりんごの処置に困ったら薄くスライスしてアップル・マフィン。 チョコレート・マフィンやブルーベリー・マフィンもある。

なぜか日本人留学生の中でファンが多いレモン・ポピーシード・マフィンは、生地にレモンの風味をつけ、ポピーシード、つまりけしの実をいれたもの。一ヶ月間毎日これを食べ続けた人を実際に知っている。口の中ではじける小さなけし粒がたまらないらしい。

キャンパスの中のマフィンを一通り体験し終えた頃には、私はすっかりアメリカの大学生となり、迷うことなく肩で秋風を切って歩いていた。