エッセイ
ESSAY
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留学主婦のアメリカン・ケーキ

留学主婦のアメリカン・ケーキ

45歳でアメリカ留学した平野顕子のエッセイ集
(2000年創樹社・発売終了)を加筆・転載いたします。

お楽しみいただければ幸いです。

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中国人留学生の死

   
キャンパス内の生活は、忙しいながらも充実した毎日で、しばらくすると順応性が高いのか、私は心身ともにアメリカに慣れてきた。しかし、そう感じた頃、キャンパス内で私たち外国人留学生を動揺させるような事件が起きた。

私と同じ寮に暮らす25歳の中国人の女子留学生が突然亡くなったのである。ある日、彼女は腹痛のため大学内の診療所で診てもらったのだが、たいしたことはない、ということでいったん自分の部屋に帰って安静にしていた。ところが、次の日に友人が訪ねていったら、瀕死の状態で、そのまますぐ病院に運ばれた。そして、結局回復することなく病院で亡くなったのだ。

私と彼女は一度も面識がなかったが、中国人の留学生たちは、最初の診断を含めて大学の対応の悪さへの不満を募らせ、事態は大学対留学生という深刻な状態に発展していった。大学側と中国人会という団体とのミーティングが連日行われ、私も日本人留学生の友人に誘われて出席した。

結局、詳しい死因はわからないという結論だった。解剖する必要があったのだが、彼女の両親に許可を得ないといけないため、連絡もなかなかつかないなかで、大学側の回答も自然と曖昧にならざるをえなかった。一方、中国人留学生たちの不満は増すばかりとなった。

そして、亡くなった彼女の両親と連絡がとれたのが、死後、2、3日たってからのこと。世界中で起こっている出来事が瞬時にわかる今日でも、やはり中国は遠いのだなと、その時はじみじみ感じてしまった。彼女の母親が大学に到着したのち、追悼式が行われたが、解剖はしたくないということで、死因は永遠のなぞとなってしまった。

中国人の留学生を見ていると、本当に時間を惜しんで勉強しているのがわかる。非常に優秀な学生で、家族の希望の星でもあった中国人学生だった彼女。アメリカでの厳しくとも楽しい留学生活が、家族に深い悲しみだけを与えてしまったことに、やりきれなさを感じるとともに、英語で完璧に意思を伝えることができない、同じ外国人留学生として、一歩間違えれば危険な状況に遭遇する可能性もあることを痛感、身が引き締まる思いがした。

人間はいつか死ぬのだが、こういう死に方は何だかせつない。年齢のせいか、キャンパス内にいる若い学生より、私は思うところ多々だった。そこで留学生活の心得として思ったのが以下の点である。
その1-腹痛を軽視しないこと。さまざまな病気が隠れていることがある。
その2-体が不調の場合、少しぐらい大げさな発言をすること。
その3-連絡を密にとれる友人を最低1人か2人確保すること。
その4-留学前には、自国で体のすみずみまで健康チェックをしておくこと。
その5-無理をしないこと(これがなかなかむずかしいのだが)。
こう記しておきながら、実は私もちょっと反省すべきところがある。それは、「歯の治療」についてである。ELSが終ろうというときに歯が痛み始めたのである。虫歯の治療については日本にいる間に済ませてきたはずだったが、なぜか再発した。よく言われていることだが、アメリカは食費も住宅費も通信費も、たいていのものは日本より安い。しかし、医療費だけは高い。特に歯科医は高い。このままアメリカで診てもらったら大変な額を請求されるのではないかと思い、たまたまこの先の学費の面での心配もあったので、治療のため一時日本に帰国することにした。その結果、やはり飛行機代をかけても日本で治療する方が安いことがわかった。