エッセイ
ESSAY
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留学主婦のアメリカン・ケーキ

留学主婦のアメリカン・ケーキ

45歳でアメリカ留学した平野顕子のエッセイ集
(2000年創樹社・発売終了)を加筆・転載いたします。

お楽しみいただければ幸いです。

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15
驚異のシルバーパワー

   
動物と一緒にしては失礼だが、アメリカで車を運転していて、たまにどきっとするのがお年寄りのドライバーとの遭遇である。私が暮らしていたところでは、下は16歳の高校生から、上は80歳以上のおじいさん、おばあさんまで車を利用するのは当たり前。

ある日曜日の午前中のことである。久しぶりに髪を切りに美容院に行った。車で30分ほどのショッピングモールの中の美容院の近くで車を止めようとスペースを探し、「いいところが見つかった、ラッキー」と思って車を入れていると、別の車が反対方向から入ってきて、どんどん突っ込んでくる。こちらの動きなどお構いなしだ。

「なにすんの」と、思ってぐっと相手を睨んだが、かなり高齢のおばあさんだった。われ関せずといった様子で、よっこらしょとドアを足で思いきり蹴り開けて、よたよたとモールに入っていった。

こうしたシルバードライバー(特におばあさん)に共通するのは、他の車や人はあまり見ていないとういうのか、視界に入っていないようなのだ。ただ、まっすぐ前を見て進む。だから、アメリカではおばあさんの運転に要注意なのだ。

しかし、見方を変えれば、運転してどんどん行動するというパワーがある証拠でもある。美容院前の駐車場で会ったおばあさんも、そうしたパワーの持ち主だった。私が美容院で鏡の前に座ると、偶然そのおばあさんが隣の席にいる。なにやら店員と楽しそうに会話をしている。

「どうでしたフロリダは?」
「とっても楽しかったわ」
「それで、今回も滑ったんですか?」
「ううん、ちょっと体調が悪かったので今回はよしたの」
よくよく聞いていると、このおばあちゃん、フロリダにいる孫のところに行って、水上スキーをするというのだ。美容院を出るときも、つまずくほどの歩き方だったのに。アメリカの人だな。

そう言えば、あるテレビ番組では老人のシンクロナイズド・スイミングの大会に向けて練習に励む老人クラブのメンバー8人の様子を放映していた。全員70歳以上の老人たちで、中には80歳のおばあさんも含まれていた。

最後のリハーサルということで、顔も美しいメークアップをして、そろいの水着を着て、懸命に水中遊泳している様子がアップで映しだされていた。実に生き生きとして、深く刻まれたしわの顔が水中で美しく輝いていた。

「アメリカという国はなんでも可能にしてしまうんだな」

そう思っていると、この番組のあとのニュース番組のなかのお天気情報をみてさらに驚いた。“お天気おねえさん”がなんと、お腹の大きな妊娠中の女性だったのだ。歳をとろうが、妊娠しようが、関係ない。要は中身だということなのだろう。