エッセイ
ESSAY
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留学主婦のアメリカン・ケーキ

留学主婦のアメリカン・ケーキ

45歳でアメリカ留学した平野顕子のエッセイ集
(2000年創樹社・発売終了)を加筆・転載いたします。

お楽しみいただければ幸いです。

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ドライブ・デビュー

   
コネチカット大にいるころは、寮生活をしていたのでほとんどの生活は、キャンパス内で完結していた。しかし、そうはいっても何かの用でキャンパス外に出なくてはならないとなると、車がどうしても必要になってくる。これはアメリカにいる限り避けられないことだった。

そこで、イースタン大に移る少し前に、思い切って車を買うことにした。日産の「アルティマ」というえんじ色の新車を月に248ドルでリースすることにした。買ってしまおうとも思ったが、金額的にやはり手がでない。でも、このリース車は新車で、おまけにいわゆるデモカーで、デモンストレーションするためだけに使われていたものだったので、比較的安くて済んだ。

私はえんじ色はあまり好きじゃなかったが、もう、そんな贅沢はいってられない。とにかく、新車でそして日本車であることが大事だったからだ。アメリカでは、途中で事故が起きたり、止まったりしたら、どうしようもない。だから、古い車には、携帯電話は必需品だと聞いていたし、失礼だが新車なら日本車だと。とくに女性の場合、とんでもないところで車がエンコしてしまったら、身の安全にも関わる。

この車は実に快調だった。自分の友達のような感覚になり、これを買ってから世界が20倍くらい広がった。私は、実は日本では16歳から免許をもっていた。そのころ、2年間だけ軽自動車の免許を持てる時期があって、そのころから日本でもずっと運転していたので、右側通行でもさほど抵抗なく慣れることができた。

日本から国際免許は持っていったが、コネチカット州のライセンスを取れば保険料が安くなることがわかったので、早速免許を取得。この結果最初の半年で1500ドルくらいの保険料だった。さらに、日本から、5年間無事故・無違反の証明を貰ったところ、やっと780ドルまで下げることができた

運転していると、これまたいろいろなことに遭遇する。免許証が取れて、同じ学校にいた二人の日本人青年とお祝いの食事に出かけたときのことだ。帰り道で、私はパトカーに止められてしまった。警官が降りて私の車に近づいてくる。「何もしていないはずなのに」 私はどきどきしながら、すぐに免許証を見せようとして上半身を動かした。すると、助手席に座っていた青年が、「動いちゃダメだ」という。以前、同じような状況で射殺されてしまった事件があったのだ。ダッシュボードを開けて何かを取ろうとした運転手が、不振な動きをしたので警官に撃たれた。日本でも大きな話題になった日本人の高校生の留学生、服部君が撃ち殺された事件もそうだった。あれは警官ではなかったが、民家のドアをたたき、「フリーズ(止まれ)と言われたのを勘違いしたのか、止まらずに撃たれたのだった。アメリカでは警察官に止められたら、滅多なことでは動いてはいけない。それが命取りになる

また、日本では、パトカーは止めた車の前に停止するが、アメリカでは、必ず後ろに止まる。そして彼らが近づくまで止められた方は絶対に待っていないといけない。さて、止められた私は、「私は何も違反していない」と、訴えた。すると相手は、「よたよたした運転をしていたからとめたんだ」と、言うではないか。失礼な話だ。これはちょっとショックだった。

コネチカットでは、道路に鹿の看板をよく見かけるほど、鹿が頻繁に路上に出現する。私も3回遭遇したのだが、これが困る。普通、動物が車に出会ったら、逃げるのではないかと思うけれど、鹿は目の前で止まってしまう。だから、夜出合ったら、本当に怖い。かなり大きいし、もしまともにぶつかったらフロントガラスが割れたりして、運転手が死ぬ場合もあるという。でもかわいそうに、交通事故にあった鹿を見かけることもあった。

このほか、走っていると、狸はいるし、スカンクはいるし、ときどきは大学の農学部で飼っていた牛も道路に逃げ込んでくるといった、田園というか、野性味のある環境が学校の周囲には広がっている。道路は田舎なのでそれほど広くはなく、朝夕にスクールバスが通るころになると、多少は渋滞することもあった。