エッセイ
ESSAY
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留学主婦のアメリカン・ケーキ

留学主婦のアメリカン・ケーキ

45歳でアメリカ留学した平野顕子のエッセイ集
(2000年創樹社・発売終了)を加筆・転載いたします。

お楽しみいただければ幸いです。

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20
グレート・アメリカン・ケーキへの道

   
朝は7時に寮を出て、車で30分ドライブし、学校よりもさらに田舎の雰囲気に囲まれた先生の店に到着すると、朝8時から11時まで指導を受けた。時間に厳しい人だったので、5分でも遅れるとむすっとした感じだったので、遅れないように気をつけて通っていた。

彼女は、先生ではなく、ベーカリーを経営している女主人だから、お客さんに支えられている味を持っている人だった。だから、教師と違って教えるというのを職業にしていない。「私がやっている通りの方法でしか教えることはできませんよ」と、言った。職人タイプの人で、格好も気にしないでもくもくと仕事をする。お世辞も一切言わない。でも、温かい人柄だと分かる人だった。責任感も強く、引き受けた限りおいしいものを作ってもらいたいという気持ちを持って、懇切ていねいに教えてくれた。教えることを職業にしない人にとってそれは、とても大変なことだったと思う。

「どういうものを習いたいの?」最初に彼女に聞かれて、私は、「ローリーさんのおばあさんの代から伝わっているような、伝統的なニューイングランドのケーキをつくりたいんです」と、答えた。

それで、最初にスタートしたのが、『グレート・アメリカン・アップルパイ』。これは、彼女がつくって売っている物のなかでも大好評のもののひとつ。名前は彼女がそうつけたらしい。日本でよく売られているアップル・パイとはまるで違った。まず、パイの皮が違う。ベタッとしていなく、サクサクしている。それに、パイの中に入っているコートランドという小さくてしまっているリンゴ、日本で言えば紅玉のような種類のリンゴを使う。ベーキングしても形がくずれず、しゃきっとしている。

よく、アップルジャムのような形でリンゴが入っているのが、アップル・パイだと思われているようだが、彼女の言うには、リンゴの形が、ちゃんとパイの中で残っていないといけないという。アップルが山のように包まれていて、そして酸味が砂糖と相まって、独特の味をかもしだすようでなければだめだ。

しかも、上からかぶせるパイ皮は、日本のように卵やシロップのようなものを塗ってテカテカさせることも一切ない。だだ焼くだけである。そんなにたくさんの層にもなっていない。そして、これにバニラ・アイスクリームを添えて食べる。どんなにおいしいことか。見ためは少々無骨だが、味は素朴で、ほかの土地では食べられない。